あの日

今年も巡ってきた「あの日」。

あの日は、どんな天候だったのだろう。
ふと思いました。
もちろん、気象記録を見れば一目瞭然なのはわかっています。

でも、私の記憶にない。
もう忘れたのか、憶えていないのか、それすら定かではないのです。
ただ、あの日の天候が思い出せない。

まだ、暗い中「ドーン」という大きな音で目を覚まし、少し遅れてやってきた激しい揺れに、家が壊れるのではないかという不安ははっきりと覚えているのです。

そのあとは、ただひたすらあちこちに電話をし、合間にニュースを見、被害状況が刻々と伝わる中で不安が増大していった。

ある時を境に電話が通じなくなり、ニュースが伝える状況は、悲惨という単純な言葉では言い表せなくなっていた。

近隣の状況を確認するために、外には出たはずなのだけれど、はっきりとは憶えていないけれど、ただ、雨は降っていなかったように思う。
少なくとも神戸には降っていなかったのではないか?
もし雨が降っていたら、火災もあれだけ広がらなかったのでは?
あぁ、でも火の勢いが強いと多少の雨では焼け石に水なのか?

記憶が飛ぶということはこういうことなのでしょうか。
それほどのことだったのだと、あらためて思います。

あの時に幼かった子が、親になっていたり、成人してそれぞれの道を歩いている。
テレビのインタビューでは、「命を大切にしたい」と応え、「助けてもらった恩返しを」と国内外のボランティアに参加している。

被災地が支援を呼び掛けると、いちばん先に応えてくれるのが同じ被災地であると報道していました。
「物の多少、金額の問題ではなく、その気持ちが嬉しくて」と被災地の人は話していました。
(あぁ、人間捨てたもんじゃないなぁ。)

「あの日」、私にとっては「母が倒れた日」。
「あの日の今日」、ハイチでは多くの人が救援を待っています。

皆さんの「あの日」はどんな日だったのでしょう。

「あの日の今日」が、どうぞ幸せで穏やかな日でありますように。
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Commented by う゛ー・ももママ at 2010-01-17 14:38 x
ワンコのかあさんは、被害大丈夫でしたか?
宝塚に住む両親と連絡が取れず、東京に住む姉と二人、山口でおろおろおろおろ。
公衆電話からなら、繋がるかもと知人に聞いて、小銭を抱えて一日中電話をかけ、結局次の日の夕方だったでしょうか?やっと安否が確認できた時の、喜びは。
本当に、最初の報道から、どんどんひどくなるばかりで、両親、神戸の親戚・沢山のお友達、全員駄目だと思いました(ありがたいことに、全員無事でした)。
私も、記憶が定かでは無いのです。あまりの出来事で、パニック状態だったことだけです。
あの日は、寒かったけど、雨は降ってませんでしたよ。後で母から聞いた話ですけどね。
近所中、ガス管や水道管が破断して、ものすごく臭くて、自力で家から出た両親は、一軒ずつご近所の安否を、お隣の息子さんと一緒に確認して回り、家から出られなくなっている人を救出し、下手に火を付けたら、ガス爆発のおそれがあるので、寒いけど、とにかく我慢するように言って回ったらしいです。
こんな話も、なかなか教えてもらったり、伝える機会がありませんね。長々と済みません・・・・誰かと震災のお話したかったもので。
Commented by ワンコのかあさん at 2010-01-17 16:39 x
う゛ー・ももママさんも、ずいぶん御心配なさったのですね。
連絡の取れない不安は良くわかります。
その時は、生きているのか死んじゃったのかそれだけでも良い、なんてそんなことまで思いました。

雨は降っていなかったのですね。
そうなんですね・・・。
なんだか1日中昼だか夜だかはっきりしなかったような…本当にパニック状態だったんですね、私。
ガス爆発は怖いですよね。
ニュースで急に大きな火の手が上がったりすると、ガス爆発か?と思ったものです。
リュックに両手に食料と水を持って、神戸方面へ行ったのが昨日のことのように思い出されます。

犬ブログですが、この日は犬のことは書けないです。
Commented by hatorin at 2010-01-17 20:11 x
もう15年になるんですよね…
私も「えっ、もうそんなになる?」っていう感じです。

もちろん、その場所から遠く離れたところにいた私には
神戸の皆さんが体験した恐怖も悲しみも
辛さも、本当のところは分かっていないのかも知れませんが…

昨日やっていた「神戸新聞の7日間」のドラマを見ながら
まだ産まれていなかった娘に、色々な話をしながら見ていました。

街は元通りになっていく中で、忘れてはいけない事を
精神的にも成長した息子と娘に話して行くことが
あの時を忘れないでいると言うことなのかなぁと…

志半ばで亡くなった方のご冥福をお祈りすると共に
今生きている事を大切にしていきたいです。
Commented by ワンコのかあさん at 2010-01-17 22:02 x
hatorinさん、もう15年なんですね。
はっきり思い出されることと、記憶の中にないことがようやく見え始めたような気がします。

悲しみはさらに深くなりました。
この日、何回迎えても新たな涙があふれます。

hatorinさんが、息子さんや娘さんに語り伝えていかれる間は、忘れ去られることはないでしょう。
でも、それでも震災を知らない人たちが増え、恐ろしさを知る人たちが減っている。

忘れ去られた頃に、やってこなければいいんですが…天災が。
Commented by 南 うなみ at 2010-01-17 22:12 x
15年。区切りの年にと言うことか今年は報道が活発ですよね。
あの日、家の小さい命達は不安を感じ取っていつもより早く食事を要求し自分の身は自分で守ってくれました。でも、その後一年の間に相次いで亡くなりました。
メンタルな面の汚さとか物質的な事そんなことばかり覚えているけど動物としての人はどうやったんやろう。今年の報道を見ながら思ったこと。
Commented by ワンコのかあさん at 2010-01-17 22:38 x
南 うなみさん、1年1年が積み重なって15年になったのに、なんでかなぁ、と、どこか遠くから見ている私がいるような気がします。
忘れないように、大々的になのかな?
私は、いつものように静かに過ごしたい。

でも、15年たってようやくあの日には欠落している記憶があることに気づきました。
なぜか、親しい人が亡くなったわけでもないのに、涙が流れます。
我が身が老いたせいか、遠い日になりつつあるからなのか。

動物としての人をみるなら、人は集団になれるから弱くても強い。
かな~。
Commented by ラブドル at 2010-01-17 22:51 x
あの日の朝、大きな音と揺れに飛び起きて、あわてて玄関のカギを開けて、モモとアーダと母に声をかけたのを覚えています。
地震だとはわかったのですが・・・・・東京住まいが長く、大きな地震も経験していましたが、ただ事ではない揺れにいつまでも心臓がドキドキしていたのを昨日のことのように覚えています。ちょうど我が家は改築中で、仕事に来た大工の棟梁の息子さんが神戸にいるというので、朝から連絡がつかないと不安げに話していました。
いつも思います、あのような災害が起こった時、私はどう対処できるかと?  
Commented by ワンコのかあさん at 2010-01-17 23:56 x
ラブドルさん、息子たちに「余震もきっと大きいから気をつけて!」と怒鳴ったのを鮮明の覚えているんです。
夫は会社に走って行って、息子と3人固まっていました。
ワンコは3代目甲斐犬の涼介でした。
この涼介だけが落ち着いていましたね。

あの時も茫然としていましたが、今おきてもやはり茫然としているのではないかしらね~。
Commented by さよちゃん at 2010-01-18 08:13 x
私は地震や他の災害が起こると、いつも、ワンコやニャンコがどうなってしまうのか、と心配します。飼い主と離ればなれになってしまった彼らは本当にかわいそうです。震災の時は避難所にワン・ニャンは連れて行けなかったでしょう。どうしていたんでしょうね?
Commented by ワンコのかあさん at 2010-01-18 08:55 x
さよちゃん、私たちもいつもそれを考えています。
あの時に、多くのワンニャンが亡くなり、家族を失ったことでしょう。
数家族ですが、ワンニャンのために避難所に入らずに暮らしたというヒトも知っています。
私たちも、自分が無事であるならそうすることを話し合っています。
この子たちと別れて住むくらいなら、がれきの中で共に暮らすことを選ぶでしょう。
そして、まず、信頼する親戚ワンコさんたちにしばしの保護をお願いすると思います。
でも、これも皆が無事であることが前提ですが。
さよちゃん、私ね、今でもこの日は1日中何かにつけて涙が出ます。
Commented by あやの at 2010-01-19 00:07 x
先日テレビで15年と聞いた時は、えっ?ついこの前の事だと思ったのに…。と。
それだけ記憶に残ってるって事でしょう。

あの日は私の父が(あの頃は大阪へ単身赴任中~)神戸に出張で神戸タワー?(駅前のホテル)に宿泊してました。
半日連絡が取れず、どれほど心配した事か…。
またその頃からJパパと一緒なのですが、お友達が被害に会い、物資を積んで関西方面に向かおうとした事 覚えてます。

毎日、のんびり過ごしてますが大事な事はこれからも忘れず生きていきたいです。

あっ! ↓のパピーちゃん。可愛いですね~。
きっとラブらしい温厚で素敵なパートナーとなるんだろうなぁ~。
今はアスリート犬に振り回されてる我が家。
でもいずれはこういう子達と過ごしてみたいです。
Commented by ワンコのかあさん at 2010-01-20 08:43 x
あやのさん、15年もたったなんて思えませんが、自分の皺の数を考えると、時間のたつ速さをしみじみと感じています。

お父様が主張中だったのですか。
さぞかし驚かれたことでしょうね。
神戸の友人は家が全壊したのですが、たまたま旅行中で命拾いをしました。
本当に何がどう運命を分けていくのかわからないですね。

パピー、可愛かった~♪
家族として迎えた子は、他人がどう思おうが自分たちが楽しく幸せに暮らせるならそれが何より。
言うことなし!です(^0^)
by yukiba20 | 2010-01-17 12:09 | ただの愛犬家 | Comments(12)

自称犬小屋?に住む盲導犬の引退犬で天使になっちゃったユキばぁとアリサ、とキャリアチェンジ犬サニー&家庭犬ルナ・海と一緒に暮らすワンコのかあさんです。(絵は小山るみこさんの許可を得て掲載しています。)


by ワンコのかあさん