引退犬ボランティアの思い
2006年 01月 14日
実際に会った仔もいるし、会ったわけでもないけれど、たまたま犬たちの終焉の時期にお話しする機会があった仔もいます。
引退犬を預かると言うことは、そう遠くない時期に別れが待っていると言う覚悟が必要です。
覚悟はしていても私たちボランティアは、その日はまだまだ先だと思っています。
その日が思ったより早く来た時、深い悲しみと共に「この子は我が家に来て幸せだったのだろうか」と思い悩みます。
眠るように逝ってくれたらその思いも少しは薄れるのですが、苦しむとその時だけではなくず~っとその思いを引きずってしまうこともあります。
いろいろな理由はあると思いますが、ひとつには、家庭犬は子犬のときから一緒で、愛らしく楽しい時期の思い出をいっぱい持っていますが、引退犬はそうではないということもあるのかもしれません。
パピーウォーカーのところに帰る子は幼い頃の楽しい思い出がいっぱいありますが、老いた犬を預かる引退犬ボランティアはその日から思い出作りが始まるのです。
老いた犬の動きは緩慢です。
表情に乏しくなります。
新しい環境になじむのに苦労する子もいます。
若くして引退する子の多くは、病気であったり体のどこかに都合の悪いところを持っています。
思うように思い出作りができないうちに外出もままならなくなると、自分も周囲も「かわいそうに」と思うようになります。
そうして、「この子は、うちに来て楽しいのだろうか、幸せなのだろうか」と思い始めます。
たとえ寝たきりになっても、共に過ごす日が短くても、その子と暮らした日々が穏やかで幸せであったら、犬たちは決してかわいそうではなく幸せなのだと私は思っています。
今、終焉を迎えようとしている仔、病気の仔と暮らしていらっしゃる引退犬ボランティアの皆さん、あなたと暮らすことができてワンコたちは幸せです。
ワンコたちの穏やかで優しい目がそういっているでしょう?
老いた犬たちには、子犬のような可愛らしさはありませんが、かぎりなく優しい表情があります。
可愛いです。
愛しいです。
「うちの子は幸せだ。だって私が幸せなのだから、犬たちが不幸なはずはない」
私はいつも、そう思っています。
今まで色々な状況の子達の顔を 見て来ました。
昨年 ワンコのかあさんにもお世話になって見に行った
「盲導犬を引退した犬たち」の 写真展。
どの子も 本当に良いお顔でした。
私のブログにも 書いたのですが
教会でマリア様を見ている見たいで
自然に涙が こぼれていました。
不幸な子は あのような表情はできません。
人も犬も たとえ短い期間でも
自分の存在を認めてくれて
ちゃんと向き合ってくれる者と
一緒に暮らせる事こそが 本当の幸せです。
まして 年や病気で自分の体が
思うようにならない子は 尚更嬉しいはずです。
私は 他の道を選んでしまいましたが
引退犬ボランティアさんの ご苦労、愛情の深さ
私なりに 理解しているつもりです。
これからも 頑張ってきたワンコ達を
宜しくお願いいたします。
朝から涙がこぼれてしまいました。
10日より二頭になりました。
二頭目は傷病引退の子です。
不安が一杯ですが、わんこのかあさんの仰るように
穏やかに、そしてワガママいっぱいに暮らさせてあげたいと思います。
ナイトやヒメに対してもそうですが、「おかあちゃんの所に来てシアワセだったな。」って思ってもらえるよう日々努力したいと思います。
そして、いつの日か人間のためにがんばった子と一緒に感謝の気持ちを込めて暮らせたらいいなぁと思います。(主人もいつかできたらいいねって言ってくれるようになったんですよ。)
傷病引退の子が来たのですね。
その子は幸せだわ、SATOさんのお家の家族になれたんだもの。
いつか紹介してくださいね。
アリサの病気のことも少しずつ書いていきたいと思っています。
近所だったらどんなにか心丈夫だったことでしょうに。
ナイト君やヒメちゃんは幸せいっぱいですよ!
それが笑顔になってるもの。
knighthime1さんのところへ行くと幸せな気持ちになれるから楽しみです。
ワンコメニューも楽しみ♪
いつの日か縁があって、その時にknighthime1さんに出会えたワンコは幸せだわ。
私は思いはじめて10年の年月が流れて縁が出来ました。
たくさんの力をいただきました。 ありがとう!
寒い中お変わりありませんか。
沢山のものを引き受けて、沢山のことを乗り切っていく御褒美がワンコの優しい表情だと思っています。
故郷の雪は少しはとけただろうかと、老いた叔父夫婦のことを思います。
私たちは、彼にたくさん幸せをもらったのだけれど、この子は、人生の最後の数ヶ月だったけれど私たちと暮らして幸せだったのかなあ、と当時はよく考えました。これから、以前の記事も読みますね♪また、来ます♪
読んでくださってありがとうございます。
texas-redneckはシェルターでボランティアしていらっしゃるんですね。
理不尽な場面に何度もあっていらっしゃることでしょう。
そして、それでもひたむきな瞳で見つめる子達に向き合っていらっしゃると言葉に尽くせないこと、くやしいことががたくさんおありでしょう。
私は、ボランティアとしては幸せだと思っています。
共に暮らし、最期まで家族でいられるから。
最も辛い選択をしなければならない場面には、幸いなことにあわずにすんでいます。
アルフを我家に迎えてもう1年が過ぎてしまいました。
我家に迎えるまでは テレビで見るような感動的な再開を期待していたのですが現実はまったく違い
パピ-の頃のことは何一つ覚えていず、表情も硬く.しっぽを振ることすら少なかったアルフなのです。
それが少しずつではありますが表情豊かになり、家族のみんなのところに嬉しそうに尻尾を振ってよってくるようになりました。
我家にも馴染んでくれたのだと本当に嬉しく思います。
アルフの最後の住まいを我家にしてくださったユ-ザ-さんに感謝の気持ちでいっぱいです。
今も私に体を寄せて大いびきをかいてい寝ているアルフのぬくもりを感じ幸せを実感しています。
アルフも安心して暮らしていてくれたなら、それで何も言うことはありません。
人は、その時を意識する時から日々の大切さを感じ、そしてまた、瞬きの中にも幸せを感じられるかも知れませんね。
私は、まだまだ、修行の足りないなぁ~。。。。
アルフちゃんは幼い時に過ごした家へ帰ったにもかかわらず、そうだったんですか。
パピーウォーカーのところに帰る子をTVでしていたのですが、喜んで家の中に飛び込んで、昔おもちゃが入っていたところへ行くのをみて感動したのですがそんな子ばかりではないのですね。
「ぬくもり」・・・、それにつきますね。
ところで、coo-mama さんの掲示板にやはり書き込みが出来ないんです。
なぜでしょうかねぇ?
それで今は読み逃げ専門です。
なんて親孝行な子でしょう。
我が家の先代もそうでした。
私の手の中で、小さく小さく「ク~」と言って逝きました。
身を切られるように悲しかったけれど、ある種の満足感がありました。
送る時も送られる時もそうありたいです。
私にも原因が分かりません。特別なことはしていないのですが...
ごめんなさい。
我家で亡くなったワンコたちは 私達家族が見守る中腕の中で息を引き取りました。
父さん大好きなクッキ-は最後の力を振り絞り父さんの下まで歩いてゆきました。
アルも私の腕の中で 最後の最後に小さくシッポを振って旅立ちました。どのこも 最後はこの腕の中から送ってあげたいと思っています。
せめてそれだけはと思います。